ホメオパシーとの出会い⑦

さて。
ホメオパシーと出会って以降、このように次男のアレルギーと日々戦っていたわけですが、その裏で、着実に自分改革が進んでいった私であります。

母親として強くなりました。
このメンタルが無ければ、アレルギーの子どもを一般の子どもの中で育てるのが難しかったと思います。
ママ友と出かければ、パンケーキのお店に誘われ、地域のお祭りに行けば、次男も私も食べるものはなく、断り続けるばかりで心が疲れてきます。

だからと言って引きこもりにはなりたくない、私はお弁当を持参したり、外食できそうなお店を下調べしてから出かけたり、除去食に対応したお菓子を売っているお店を見つけたり、頑張っていました。

除去食にも慣れ、おかし作りに目覚めた私は、米粉(当時は珍しかった)やひえ粉、米飴、甜菜糖を使用して作ったクッキーは、小麦粉で作ったものよりも美味しいのでは?と思える出来でした。麺類が恋しかった時に見つけたライスヌードルには本当に感謝しました。食の大切さの勉強をする中で、同じくアレルギーの子を持つ母親との出会いもあり、お互いを支えあう仲にもなりました。

しかしながら、ここでも私のポンコツが発動。
次男のアレルギーの原因である大豆。
小豆ならいいのかと小豆を煮て次男に食べさせたところ、リンゴ病か?と間違えるほど、次男の両側の頬が赤丸になりました。

ああ、大豆じゃなくて豆がだめなのか。
ここで初めて気付いた私です 。

そういえば、私も幼少期は頬がいつも赤くて「りんごちゃん」と呼ばれていたな、いつも背中がかゆかったな、と思い出しました。